2012年1月16日月曜日

<絆>と<無縁社会>

大震災の後、ちまたでは<絆>という言葉がはやっているようである。

他の地域は知らないが、仙台ではテレビでもしょっちゅう、それが出てくる。「絆」とか「ともに」とか言う言葉が。
仙台では、街中でも、ときどき目にする。



なんだが、その前に<無縁社会>が問題視されていたこと、忘れられてないか?

他でもない、筆者がまさに、そういう人生を送っている。

そして、考えるだに憂鬱だが、おそらくはそう遠くないうち、筆者はそれに起因する問題に直面することになる。

だからといって今更どうにもできないんだけどさ。



そういうわけで、筆者にとっては、<絆>なんて、現実と乖離した空虚なスローガンにしか聞こえないわけである。



それが、仮設住宅にいる被災者だったら、孤独死を防ごうと色々手が差し伸べられるわけじゃないさ。
なんだが、社会の影にごまんといる孤独な男には、なんにもなし。

まあもっとも、「それで結構。野垂れ死にするに任せてくれ」というのが、そういう男であるはずだが。